No.31 「政治家がとれる責任」

この項で政治について書くことはしないようにしてきているのだが、年の終わりにどうしても書くことにした。つい数日前に報じられた民主党での消費税増税について方針決定した会議のことである。

組織研究者にとって会議という形態の組織のダイナミクスは興味深い。しかし今回の民主党のあの会議は、「先生」と呼ばれる人々のなすことなのかと驚きつつ、人のなすこととして同じかという気持ちにもなった。会議のその場にいたわけでなく数回のニュース報道を聞いただけであるが。

その報道で二つ興味を持った。一つめは、執行部側の提案に「反対」する人々ばかり発言にたち、あたかも時間を意図的に空費させているかのようであったこと。そのような意図がありありであったと報道する新聞記事も読んだ。国の将来を左右する重大意思決定の一部となる会議で時間空費をねらう政治家が多数いたことに政治家も人の子と同情するやら情けなくなるやら。(この現象は、「先生」と呼ばれる人々が作る大学の教授会という組織でも見ることがある。)

二つめは、野田総理の提案とあったが、反対派を納得させるために消費税増税の実施時期を半年遅らせ、現職の衆議院任期の後としたこと。反対派の反対の真の意図はこれか。あきれることしきり。政治家が責任を持つのは議員の任期中であるかと思っていたが、責任を取りたくないので任期後になるよう議決したとは、やはり政治家も人の子と同情するやら情けなくなるやら。

この会議にはたくさんのメディアが入って報道用に録音録画していた。研究者として興味を持つのは、なぜ上のようなダイナミクスが起きたのか、この音声と動画の記録を分析することである。